ロードバイクを始めたばかりの人が、10km、20kmと距離を伸ばしていく中で、必ず一度はぶつかる壁があります。それは「帰り道の、急な絶望感」です。
行きは追い風だったのかもしれません。あるいは、新しい機材への興奮が身体を突き動かしていたのかもしれません。しかし、折り返し地点を過ぎてしばらくすると、景色を楽しむ余裕すら消え、ただひたすらに重いペダルと、遠すぎる自宅までの距離に心が折れそうになる。
「私には、この趣味は向いていないのかな」 「もっとトレーニングしないと、楽しく走れないのかな」
そんな風に思ってしまうのは、あなただけではありません。実は、多くのベテランサイクリストも通ってきた道であり、そのしんどさの理由は、筋肉の弱さではなく「ペース配分」という、まだ習っていない技術の不在にあるのです 。
最初の5km、魔法の時間に使い果たしたもの

走り出した直後、ロードバイクは羽が生えたように軽く感じられます。細いタイヤがアスファルトを滑り、わずかな力で加速していく感覚。この「最初の5km」は、脳内でアドレナリンやドーパミンが分泌される、いわば魔法の時間です。
「あ、今日はどこまでも行ける気がする」
ロードバイクに乗って家を出てから、最初の5km。 身体が温まり始め、風を切る感覚が心地よくて、ペダルが驚くほど軽く回る。 そんな「魔法の時間」が、初心者の方には必ずあります。
青い空の下、多摩川のサイクリングロードを走っていると、自分が映画の主人公になったような高揚感に包まれます。
つい嬉しくなって、いつもより一段重いギアをかけてみたり。 抜かしていくベテランさんに、ほんの数十秒だけついて行こうと力んでみたり。 あるいは、信号待ちからの漕ぎ出しで、スクーターに負けまいとグッと踏み込んでみたり。 このとき、心拍数は急上昇し、筋肉には「帰り道の自分」が使うはずだった貴重なエネルギーが、火花のように散って消えていきます。
自分では「ウォーミングアップ」のつもりでも、身体にとっては「全力疾走に近い無理」を強いている。 この「無自覚な高揚感」の中で、私たちは知らず知らずのうちに、家まで無事に帰り着くための大切な切符を、一枚、また一枚と使い果たしているのです。
なぜ帰り道は、あんなに「急にしんどく」なるんだろう?
初めて30kmの距離に挑戦してみようと思った日。 20km地点まではあんなに順調だったのに、帰りの残り10kmで急にバッテリーが切れたように動けなくなる。 景色を楽しむ余裕もなくなり、家までの距離が果てしなく遠く感じる……。 そんなとき「自分はなんて体力がないんだろう」と落ち込む必要はありません。
「自分だけじゃない」から、大丈夫
それは、ロードバイクを始めたばかりの誰もが通る道です。 私だってそうでした。最初は10km走っただけで足が震えましたし、今でも「魔法の時間」に惑わされて同じ失敗をすることがあります。 帰り道で急にしんどくなるのは、あなたが弱いからではなく、ロードバイクがそれだけ「効率よく体力を奪う魔法」を持っているからです。 「自分だけじゃない」と思って、まずは少し肩の力を抜いてみてくださいね。
心拍計がなくても大丈夫。自分だけの「ちょうどいい」を見つける基準
プロの選手は心拍計やパワーメーターでペースを管理しますが、ソロライドを楽しむ私たちは、もっとシンプルでいいんです。 その基準は、「会話ができるかどうか」です。

「話せるけれど、歌えない」という優しい目安
一般向けの身体活動の指標でも、健康づくりのための「適度な強度」は、「おしゃべりはできるけれど、歌うのはちょっと苦しい」くらいだと言われています。 実はこれ、持久運動においてエネルギーを効率よく使い続けるための、とても理にかなった基準なんです。
もし、鼻歌を余裕で歌えるくらいなら、それは少しゆっくりすぎ。 逆に、一言話すだけで息が切れてしまうなら、それは身体に「しんどさ」を貯めているサインです。

ソロライド中、ふと「今の自分、歌えるかな?」と想像してみてください。
短い挨拶や、「今日は天気がいいな」といった独り言が、ふっと口をついて出るくらい。
その「話せるけれど、歌えない」という絶妙なラインが、あなたを家まで安全に運んでくれる黄金のペースです。
脂肪を燃やし、疲れを溜めない「Zone 2」の魔法
スポーツ科学の世界では、この「おしゃべりができる強度」を「Zone 2(ゾーン2)」と呼んだりします。 この強度の何がすごいかというと、身体に蓄えられた脂肪を効率よくエネルギーとして燃やし、かつ筋肉に疲れ(乳酸など)を貯めにくい状態を維持できる点です。
「頑張っている感覚」があまりないのに、身体の中では一番効率よく、長く動き続けるためのエンジンが回っている。 このZone 2を維持することこそが、最後まで笑顔で走り切り、翌日に疲れを残さないための「魔法の鍵」なのです。
「余裕がある」うちにギアを落とす習慣
「まだ踏めるから」と重いギアで頑張り続けるのではなく、この目安を超えそうになったら、迷わずギアを一段軽くしましょう。 「おしゃべりできる余裕」を常に手元に残しておくこと。 それが、30kmという未知の距離を「楽しかった」で終わらせるためのコツです。
しんどさを貯めないために、道中で意識したいこと
ロードバイクで一番体力を削られるのは、上り坂と向かい風です。 「止まりたくないから」「かっこ悪いから」と、ついグッと力を込めて踏んでしまいますよね。 目先の数メートルを攻略するために、残りの数キロメートルを犠牲にしている状態です。
坂道と向かい風は、あきらめてもいい
坂道が見えたら、まずは一番軽いギアに。 スピードが落ちてもいい、歩くような速さでもいいんです。 「おしゃべりできるペース」を崩さないことだけを意識してみてください。 向かい風のときも同じです。 風に勝とうとせず、ただ「回していればいつか着く」くらいの穏やかな気持ちで。
平地でも「頑張りすぎない」という選択
見晴らしのいい平地は、ついスピードを出したくなります。 でも、20km、30kmと距離を伸ばしていくなら、平地こそ「まだ余裕がある」くらいで入るのが正解です。 全力の7割くらいの力で、ゆったりと景色を眺める。 そんな「頑張りすぎない選択」が、あなたを家まで安全に運んでくれます。
ペース配分は、あなたを守る「安心の技術」
前回の記事でお話しした「補給」と、今回の「ペース」はセットで考えるものです。
どんなに美味しい補給食を食べても、ペースが速すぎれば燃料はあっという間に尽きてしまいます。
逆に、正しいペースを守っていれば、補給の効果も長く続きます。
「少し余裕があるな」というペースを保ちながら、早めに水分を摂り、お腹が空く前にコンビニで一息つく。
このリズムが、ソロライドを「不安」から「冒険」に変えてくれるのです。
FAQ

Zone 2(ゾーン2)は心拍計がないと分かりません
心拍計があれば数値で確認できますが、なくても「おしゃべりができるかどうか」という感覚で十分に判断できます。自分の呼吸に耳を傾ける習慣をつけることが、何よりのトレーニングになります。
30km走るのに、どのくらいの時速を目指せばいいですか?
数字としての時速は、風向きや道のアップダウンで大きく変わります。本記事で紹介した「会話ができるくらいの強度」を目安にすれば、その日のあなたに最適な「時速」に自然と落ち着きます。サイコンの数字よりも、自分の呼吸を信じてみてください。
おしゃべりペースだと、他の人に抜かされるのが気になります
ロードバイクに乗っていると「抜かされる=負け」のように感じてしまうことがありますが、それは錯覚です。今のあなたは「最後まで楽しく帰り着く」というミッションの最中。マイペースを守れる人こそが、一番かっこいいサイクリストですよ。
まとめ:最後まで「冒険」を楽しむために
ロードバイク初心者の帰り道がしんどくなるのは、決して体力不足だけが原因ではありません。
- 最初の5kmを慎重に: 魔法のような高揚感に惑わされず、エネルギーを温存しましょう。
- 「Zone 2」を意識する: 脂肪燃焼効率が良く、疲れを溜めにくい運動強度を保つのがコツです。
- 「話せるけれど、歌えない」ペース: これが自分を守る最も優しく、確実な基準になります。
この3つを意識するだけで、30kmの道のりも驚くほど安心して走り切れるようになります。
また、次の「行ってきます」のために
「速く走れた」「遠くまで行けた」 それだけが成長ではありません。 「今日は最初から最後まで、おしゃべりペースで帰ってこれた」 それは、立派な技術の向上です。 自分の体と対話して、最後まで力を残しておく。 ペース配分は、才能ではなく、走るたびに少しずつ身体が覚えていける「優しさの習慣」です。
家に着いたとき、ヘトヘトで玄関に倒れ込むのではなく、 「今日も楽しかったな、また次も走ろう」 そう思える余力が、ほんの少しだけ残っていること。 それが、一番素敵なソロライドの終わり方だと、私は思います。
もし、それでも帰り道がしんどくなってしまったら? そのときは、潔く休んでしまいましょう。 無理をして立て直すのではなく、一度リセットする。 次回は、そんな「上手な休み方」についてお話しできればと思います。
今日は少し早めにペダルを止めて、ゆっくりお風呂に浸かってくださいね。 あなたのペースは、あなただけのものです。
ソロ活忍者
次回予告
効率重視のルート選びは、もう卒業。 目的地までの距離を競うより、心に刺さる景色をいくつ見つけられるか。
次回:『速い道より、好きな道。〜ソロライドを120%楽しむルートの探し方〜』
あなたのソロライドが、ただの「移動」から「冒険」に変わります。
